任天堂という会社は困るくらい頑固で、時代に左右されずどこまでも我が道をゆく。おかげさまで、我々は任天堂のゲーム機で未だにボイスチャットをまともに楽しむことすらできず、代わりにモーションコントロールなんかを強制された形で使わされている。しかし、任天堂がこんなにも頑固であればこそSwitchという独自性あふれるコンセプトのゲーム機や「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」(BotW)という誰にも真似できない傑作ゲームを楽しませてもらっている。
BotW第2弾のDLC「英傑たちの詩」は良い意味でも悪い意味でも、そういった任天堂の頑固さを体現しているようなゲームだ。そこに盛り込まれたクエストの一部には本編をも超える凄みがあるが、本編や第一弾のDLC「試練の覇者」で批判された部分をしつこく繰り返している。
カットシーンが絵的に綺麗だったり、そこで綴られるエピソードが少し微笑ましかったりしても、所詮はおまけ程度。
「英傑たちの詩」のメインとなるクエストは四神獣をすべてクリアしている必要があるため、クリア後の裏クエストと見ても良いだろう。その目的は100年前の英傑たちについて知ることだが、悪いことは言わないからストーリーに期待するのはやめておこう。本編がそうであったように、「英傑たちの詩」もゲームプレイ中心の体験であり、クエストを攻略する過程でアンロックされるカットシーンが絵的に綺麗だったり、そこで綴られるエピソードが少し微笑ましかったりしても、所詮はおまけ程度としての認識にとどめておかないと後悔する。このクエストの内容は、16個所の新たな試練の祠、それから神獣とだいたい同じボリュームと構造の本格的なダンジョン、それからそれらを目指す「過程」から成る。
クエストの冒頭で、リンクはすべての敵を一撃で倒せるという「一撃の剣」を手渡され、これを使って4個所にいるザコ敵を全滅させなければならない。どうということはないように思われるのかもしれないが、実はこの武器を装備しているとリンクも一発を喰らうだけで即死する。「試練の覇者」における剣の試練と同じように、もう一度己の弱さを思い知ることとなるだろう。体力がありあまり、幅広い武器や盾のアレンジが揃っているプレイヤーは、このクエストを攻略していると初心に帰って慎重にならなければならず、ハイラルの掟を思い出しながらプレイする必要に迫られる。
1個所の敵を絶滅させるとその付近に祠が出現し、いざ謎解きが始まる。リンクは祠の中でも棘床に炎を飛ばすからくりといった障害物と接触するだけで死んでしまい、パズルはリンクのその弱さを念頭においてデザインされていることがわかる。
シンプルな調整でゲームの流れを根本的に変える仕組みは、いかにもBotWのミニマリスティックなアプローチらしいといえる。だが、ひとつ問題がある。一撃を喰らうだけでやられてしまうとなると、プレイヤーは当然たくさん死ぬことになる。なんなら「死にゲー」に変貌すると言ってしまってもいい。本編ではそこまで頻繁に死なないのであまり気にならなかったが、BotWのゲームオーバー画面から復活までは10秒以上かかってしまう。初代「ダークソウル」の経験者なら、死にゲーにおけるゲームオーバー後のロードがいかに重要かは説明するまでもないだろう。死ぬ頻度が劇的に上昇するゲームデザインに伴い、ここはなんらかの調整が望ましかった。
「一撃の剣」を装備した状態で攻略する4つの試練を乗り越えると、また新たな試練が始まる。これは4セットからなっており、それぞれ3つの祠から形成されている。4×3ということは、さらに12個所の試練が用意されているわけだ。ここでリンクは通常の体力を取り戻しており、そこはもう一撃必殺の世界ではない。だが、その分、ここの試練はプレイヤーの思考能力とBotWのゲームメカニクスに関する知識を徹底的に試し、本編のほとんどの祠よりも高い難易度の謎解きが楽しめる。
ダンジョンを動かすことによって発動する効果がよりわかりやすくなっているが、その応用がより複雑になっている。
全部クリアした頃には6,7時間くらいは経っているはずだ。しかし、「英傑たちの詩」のメインのご馳走はまだこれからだ。最後に待っているダンジョンはマップからその全体を動かすことで謎を解明していくという神獣たちの構造に忠実なものとなっている。ダンジョンを動かすことによって発動する効果がよりわかりやすくなっているが、その応用がより複雑になっているという秀逸なデザインはべた褒めに相応しい。まだ「トワイライトプリンセス」に「神々のトライフォース2」といった過去作のアイテムありきのダンジョンほどの凄みは感じなかったが、確実に近づいてはいる。
一通りメインクエストの流れを書いてみるといいことずくめのようだが、実は一部の問題点を端折って書いている。
BotW本編の少ない批判点のひとつとしてはモーションコントロールによる謎解きが指摘されていた。モーションコントロールそのものの良し悪しはさておき、BotWにおけるそれはからくりを遠隔から操作するケースが大半だ。コントローラーをからくりのように仕立てて動かしていくのだが、時には裏返しにしなければならなかったり、極端に斜めに傾けたりしなければならず、フラストレーションが伴う。携帯モードでプレイしているときは特に問題で、Joy-Conが付着した本体を傾けたりすると画面で何が起きているのか見えなくなってしまう。本編ではこの操作を要求されることはそれほど頻繁ではなく、大きな欠点とまではいかなかった。しかし、「英傑たちの詩」に追加された16の祠の半分近くでは何らかの形でこの操作を要求される。筆者は電車の中で何度もSwitchを逆さまにして下から画面をなんとか覗こうとしなければならなかった。さぞ怪しい外国人と思われたに違いないが、これも任天堂が頑固であるゆえ仕方ないのだ。
「試練の覇者」で批判された大きなポイントも「英傑たちの詩」に引き継がれている。両DLCにはクエストの他、シリーズの過去作にちなんだ装備品も収録されている。これらはすぐに手に入るのではなく、ハイラルの膨大なフィールドでヒントを手に探しに行かなければならない。ヒントはわかりやすく、だいたいすぐにどこにあるかがわかるので、到着していつものようにマグネキャッチでスキャンして終わり、という流れである。その退屈さが前DLCから指摘されていたのにも関わらず、任天堂は装備品の入手過程をまったく変えていない。まったく、頑固なんだから。
いや、頑固を通り越している。「英傑たちの詩」のメインクエストにまで同様の物探しが盛り込まれているからだ。3つの試練の祠が4セットで与えられるクエストでは、その1つ1つも同じくしてヒントを手に探しに行かされる。たどり着いたら、あまり面白いとはいえないチャレンジが待っていて、クリアするとやっと祠が出現する。そのセットの3つの祠をクリアすると本編のボスを指定された装備品で倒さなければならず、これも悪い言い方をすればコンテンツの焼き直しだ。
任天堂は無理に「英傑たちの詩」のプレイ時間を引き延ばそうとしていたように思えてならない。祠たちとダンジョンで十分なボリュームがあるので本来その必要はまったくないのに。
任天堂は我々のやりこみ度を少し甘く見ている。
BotWの秀逸な世界づくりの秘訣となっているのは、様々なランドマークが自然とプレイヤーを誘導するようにできている点だ。本来であればこの世界で何かを探すのはとても楽しい。ついつい寄り道をしては新しい発見で報われ、しまいには本来の目的さえも忘れてしまうほど魅力に詰まった世界なのだ。しかし、任天堂が十分に理解していないのは「英傑たちの詩」をプレイしている我々の大半がすでに何十時間、場合によっては何百時間もこの世界を放浪している人たちであるという点だ。いくら素敵なBotWでも、我々はもうその世界の秘密を熟知してしまっているのだ。クリア前であれば探す過程も楽しかったはずだが、今となってはできるだけ早くご馳走にたどり着けるようにしてもらいたいのが本望だ。四神獣が攻略済みであるという条件付きのクエストなのだから、新しくハイラルにやってきた人にもその魅力を伝えたいという言い訳も成立しない。
祠やダンジョンに隠されたアイテムからしても、任天堂が我々のやりこみ度を少し甘く見ていることがわかる。よく隠してある宝箱の中身でも、その大半は今となってほとんど価値のなくなった武器や、有り余るほど持っている素材といったガラクタばかりなのだ。
「英傑たちの詩」は評価に困るDLCだ。無視のできない欠点を確実に抱えてはいるが、美味しい部分は本編以上に秀逸だ。最後のダンジョンの奥に潜むボスはその思いもよらない設定からダイナミックなゲームプレイまで素晴らしく、BotW一番のボスバトルだ。倒したリワードとして与えられる「マスターバイク零式」はハイラルをもう一度探索しつくしたくなるほどのゲームチェンジャーだ。
馬より少し早い程度の乗り物などと甘く見てはいけないのだ。このバイクでは馬が超えられない面積も自由に突破でき、崖から飛び降りるのも思いのままだ。操作はスムーズで、Lボタンでジャンプしたり前輪を浮かす芸当を披露したりもできる。バイクに乗っていると、ハイラルはド派手なスタントを決めるGTAライクな遊び場となる。幸い、何をしても警察は追ってこない。