アドベンチャーゲームを制作するゲームクリエイターは、みずから「アドベンチャーゲームは進化しないジャンル」と発言するときがある。これは逆説的に「だから進化しなければならない」という問題意識で発言しているわけだが、どのような射程において進化していないと言っているのだろうか。人によって理由が異なると思うが、テクノロジーに立脚したグラフィックスの発展が相対的に少ない、そしてルールから成り立つシステムの発展性がほとんど見られない、などを念頭に置いているのかもしれない。
だが、アドベンチャーゲームの進化の歴史は、ビデオゲームの「話法」の進化と言い換えることもできるだろう。歴史的にアドベンチャーゲームは、まずは洞窟を探索するリドルとマッピングとインタラクションのゲームとして産声をあげ、次いで会話劇が導入された。ビデオゲームはインタラクティブなメディアであるという特性上、小説でも映画でもない独自の話法を築く必要があり、インタラクションと会話劇はその話法を築くために必要不可欠なものだ。アドベンチャーゲームはそういった話法の進化において、つねにビデオゲームの最前線に位置し、他のジャンルがストーリーを取り入れる際に規範とされてきた。アドベンチャーゲームの評価軸として、ストーリーのおもしろさが論じられる傾向にあるが、インタラクションと会話劇がどのように表現されているかという観点に立って、形式的な評価軸を打ち立てることが可能だ。
ここにひとつ形式的に挑戦し、そしてその新しさゆえに、完成度を高めることの難しさを痛感したアドベンチャーゲームがある。「探偵 神宮寺三郎」シリーズの新章と称し、『探偵 神宮寺三郎 夢の終わりに』の前日譚を掲げている『ダイダロス:ジ・アウェイクニング・オブ・ゴールデンジャズ』だ。
会話劇とインタラクションの新たなる挑戦「360度ビュー」
「探偵 神宮寺三郎」シリーズは、第1作目からコマンド選択型を取っていたが、個々の作品においては、複数のキャラクター視点(『夢の終わりに』)や、時間概念( (『灯火が消えぬ間に』)、『探偵 神宮寺三郎 プリズム・オブ・アイズ』のレビューで指摘したように、アンソロジー形式を採用するなど、それぞれ野心的な取り組みをしている。だが、本作『ダイダロス:ジ・アウェイクニング・オブ・ゴールデンジャズ』では、「360°FREE CAMERA」(以下、360度ビュー)と呼ばれる周りを自由に見渡せる主観視点を使ったポイント&クリックアドベンチャーに大幅に転換しており、そのシステムに立脚した会話劇とインタラクションを表現している。
主観視点を使ったポイント&クリックアドベンチャーに大幅に転換
この「360度ビュー」を想起させるのがVRである。本作がもともとVRとして企画されて、途中で転換したのか、それともVRのエッセンスを通常のゲームに落とし込む化学反応を狙ったのか、企画の発端はわからない。いずれにしても360度カメラで撮影した写真を加工したものがゲーム画面の背景として使われており、これが油絵のように瑞々しく美しい。カーソルを当てるとインタラクションできる人物の名前やオブジェクトの文字は光り輝くように表示され、優しい音楽と効果音が奏でられる。このような切り口は「探偵 神宮寺三郎」シリーズのみならず、既存の様々なアドベンチャーゲームを超えて、新鮮味感じさせてくれる。
この「360度ビュー」を使った素晴らしい演出が序盤に存在する。ひとつは、若き神宮寺三郎が空港で幼馴染と再会するシーンだ。待ちぼうけていた主人公に「サブロー!」と声が聞こえ、周りを見渡すと画面奥にアビーとベンの存在が確認でき、メッセージとともに徐々に近づいてくる。本作のイラストレーションを務めているのは禅之助氏だが、現実に近い人間の頭身ゆえに、360度カメラで撮影された遠近感が強調された背景画面と非常にマッチしている。理屈としてはこのシーンは、アビーとベンの立ち絵が徐々に拡大しているにしか過ぎないのだが、3Dのアクションゲームに比類するキャラクターとの距離感が2Dにおいて表現されている。
もうひとつは神宮寺三郎とアビーとベンに、同じ幼馴染のレオを加えて、4人でレストランで会話するシーンだ。まるで小津安二郎の映画『早春』の麻雀シーンのように均整の取れた画面で、4人がテーブルごしに向かい合っている。360度ビューの特徴的なのは、会話が進行中であってもカメラが自由に動かせることだ。このレストランの会話劇が素晴らしいのは、会話しつつキャラクターの顔の向きが変わること。またプレイヤーがカメラを動かしても、声の聞こえてくる方向や音量が変化する。この音響の特性がもっとも活かされているのが、このレストランの会話劇だ。
内装や雰囲気はいいが、問題だらけの料理たち
さて、以上は序盤の形式的な評価である。レストランにたとえると、店の内装や照明の雰囲気、テーブルは清潔で、皿や料理の見た目もユニークで感心させられたという話だ。仮に肝心の料理の中身が平凡な味であっても、私はこういった形式的な挑戦を買い、総合的には高く評価していただろう。もちろん料理の中身が絶品ならば言うことはない。
最後まで表面の形だけ取り繕った印象がぬぐえない
だが、本作は肝心の料理が、薄味でパンチに欠けており、全体的にほとんど印象に残らない。不味いと感じる箇所すらある。少量で腹を満たされず、値段は高い。もちろん完璧な料理がないように、完璧なゲームもまた存在しないのかもしれない。しかし問題だらけのゲームであっても、何か心酔できるような一点突破の光っているアイディアがあれば、人を魅了するには十分だろう。しかし意地になって擁護してみたい箇所も見当たらない。最後まで表面の形だけ取り繕った印象がぬぐえないのだ。
本作で感心したのは、序盤までである。あとはゲームが進めれば進めるほど失望するだけだ。形式的なチャレンジをコンセプトの段階から掲げたせいで開発予算と開発時間が逼迫したのだろうか? 原因はわからないが、いたるところでストーリーの描写・演出が不足しており、すでに実装されているものは調整が不足している。
一枚絵が存在しないことによって、劇的なシーンが台なしに
最初に画面の問題に触れよう。前述で賞賛した空港のシーンのように、本作は立ち絵の距離感の表現が出色である。であるならば、より緻密な距離感の演出が求められる。だが、本作で距離感を上手く使ったシーンは2、3シーンの程度に留まり、むしろなぜキャラクターがそんなに離れて会話しているのか違和感を覚えるシーンがほとんどである。キャラクターとプレイヤーの視点の距離感が離れているということは、映画技法でいえばクローズアップを使わないということであり、感情表現が乏しいものに繋がる。確かにLive2Dで立ち絵は多少動いてはいるが、本作のキャラクターの感情表現は声優に頼りっぱなしで、なぜ立ち絵がもっとプレイヤーに近づいてこないのか、視覚的な表現がおざなりである。
キャラクターがそんなに離れて会話しているのか違和感を覚えるシーンがほとんど
とりわけ劇的なアクションシーンにおいて、この欠点が如実に現れており、たとえば殺人犯が武器を振り上げるシーンなどは、確かに声優の演技は迫真だが、視覚的には立ち絵はぶるぶると震えている程度で、視点とキャラクターの距離が離れているため表情も読み取りにくい。通常ならばこういった立ち絵だけで表現が難しいアクションが伴うシーンは、専用の一枚絵を使うなどして補間すべきだろうが、本作はそういった一枚絵は一切使われない。それによって本作は劇的なシーンはいずれも滑稽なものと化している。
末尾だけ再生されるボイスの仕様はわずらわしく、テキストを読むテンポを崩す
次に声の問題に触れていこう。本作はフルボイスではなく、部分的にボイスが読み上げられるスタイルだ。そういうゲームは挨拶や短い掛け声だけ再生されるものだが、本作は非常に奇妙な仕様をとっている。たとえば「事件の現場には行っておきたい。花を手向けたいんだ。」という台詞がテキストで表示されるとしたら、ボイスで再生されるのは末尾の「手向けたいんだ」という部分だけである。そしてこのボイスはテキストの表示と同時に再生される。つまり「事件の現場には行っておきたい」とプレイヤーが読んでいる最中に「手向けたいんだ」のボイスが被さってくる。テキストの情報に比べて、ボイスの情報が先行しているのだ。
この奇妙な仕様を好意的に解釈してみよう……。プレイヤーはフルボイスであってもボイスがすべて再生するまで待っているわけではないので、メッセージをどんどん読み進めるプレイヤーに合わせているのかもしれない。だが本作が厄介なのは、メッセージ冒頭だけボイス再生するときもあれば、すべて再生されるときもあり、仕様が一貫していないことだ(そしていちばん多いのが、末尾パターンである)。どちらにしろ、このようなテキストとボイスの情報の乖離は、結局のところ、プレイヤーが受け取るべきかの集中すべき情報を拡散してしまっており、何度もわずらわしさを感じて読むテンポを崩されたことがある。
演出と描写の不足。完遂されていないコンセプト。説明しすぎな誘導テキスト
次にシナリオについて触れておこう。『探偵 神宮寺三郎 プリズム・オブ・アイズ』レビューでも述べたが、もしもインタラクションのフレーバーテキストに注力を入れていなくても、読むべき本編のシナリオに綺麗に誘導されて、それがテンポを形作りさえすればいいと思っている(とはいえ、フレーバーテキストまでこだわり抜いていたら最高だが、この際、贅沢はいわない)。本作はやはりインタラクションのフレーバーテキストは淡白で、あまり力が入れられていない。では本編のテキストは充実しているかというと、これもまた淡白なのである。シーンによっては描写不足でぶつ切りのような印象をもたらし、展開の真相や陰謀は紋切り型だが、こういった探偵もののジャンルにそれは付き物なので、問題視はしない。やはり描写と演出不足こそが問題だろう。
本編のテキストは充実しているかというと、これもまた淡白
コンセプトが完遂していなかったと見られるのが、「スタンス」と「思考の樹」のシステムである。「スタンス」は主人公の態度を決定して、相手の出方を変えるものだとチュートリアルで説明される、「思考の樹」は神宮寺三郎の推理過程を「樹」にたとえ、視覚化したものである。おそらく当初の構想では「スタンス」は、プレイヤーが選ぶスタンスによって選択肢そのものがガラッと変わり、情報を取得する過程が変化することを目指していたのだろう。「思考の樹」は本来はどういったものを目指したのかわからないが、たとえばスタンスの過程が違えば、樹の形や樹に記された情報も変わるということが表現できたはずだ。だが、実態としては「スタンス」は選択肢とまったく変わらず、「思考の樹」は視覚的な表現だけに留まっている。
ただの説明文が何度も何度も繰り返されるのは苦痛でしかない
とりわけ私が問題視したいのは、誘導のテキストが二重三重に強調されることだ。これはあまりにも不自然なので、シナリオ執筆段階というより、のちのバランス調整から挿入されたテキストなのだろう。例えば会話劇の「湖に行くべき」というのが明示されるのだが、会話劇が終わった地の文でも「湖に行こう」と強調され、さらに湖に着いたら「湖に着いた」と地の文で表示される。アドベンチャーゲームは読みものであることもひとつの魅力なので、ただの説明文が何度も何度も繰り返されるのは苦痛でしかない。本来はこういったゲーム的な話法はすでに整理されているはずであり、本来はプレイヤーが迷いやすい部分だけ強調すべきなのだろうが、本作においては一元化されて表示されてるためやはりここも調整不足というべきか。
プレイヤーの同意が得られないフラグとセーブ機能
本作のクライマックスのアプローチは疑問だらけだ。本作は選択肢を間違えてゲームオーバーになる箇所が何度もあるが、コンテニューをするとすぐにその選択肢の直前から復帰できる。つまりプレイヤーはさまざまな選択肢を気軽に試そうとする心理になる。それはアドベンチャーゲームを楽しむうえでも、隅々まで遊ぼうとする良心的な行為といえるだろう。ゆえに引き返せない選択肢というのはあまり念頭には置かれない。
最後の最後には引き返せない選択肢があり、周回を強要するゲームデザインは、プレイヤーにとって無暗に苦痛を与えるものでしかない
だが、本作はそのプレイヤーの良心的な楽しみを最後に奪ってくれる。実は終盤だけ、真犯人を捕まえる/捕まえられないという大きな分岐が発生する。いつもならば、たとえば捕まえられなくとも、ゲームオーバーになりコンテニューで巻き戻せるものと思ってしまうが、実はゲームオーバー扱いではく、ひとつのエンディングなので、オートセーブによって巻き戻せない。それならば、手動でセーブしておけばいいだろうと思うかもしれないが、実は本作は任意でセーブはできない。しかもその真犯人を捕まえるためのフラグは物語の中盤にすでに仕込まれている。そこに気づく楽しさは多少あるが、それは、それで周回プレイが快適だという前提だ。
もともと周回プレイというのは『弟切草』から派生したように、インタラクションが単純なノベルゲームに向いた方法論であり、コマンド選択型やポイント&クリックアドベンチャーには向いていない。本作は周回プレイに必要なスキップ機能もなく、あったとしても焼け石に水だ。コンテニューができるゲームデザインを取っておいて、最後の最後には引き返せない選択肢があり、周回を強要するゲームデザインは、プレイヤーにとって無暗に苦痛を与えるものでしかない。
「神宮寺三郎」成分がほとんどない
最後に、若き神宮寺三郎の物語としてどうなのかというところに触れておこう。結論からいうと、本作は神宮寺三郎である必要性がまったく感じられない。神宮寺三郎の家族が経営する企業・神宮寺コンツェルンとの関係はほとんど描かれず、のちに助手となる御苑洋子との関係もにおわす程度で『夢の終わりに』に一切繋がらない。例えば、神宮寺三郎は本作では一貫して、非喫煙者と描かれおり、冒頭では祖父からライターを貰い受ける。このエピソード自体は良いのだが、結局、本作は喫煙するこなく物語が幕を閉じてしまう。
確かに現代では喫煙を描くというのは難しい問題である。だが我々が見たかったのは、推理に悩んだ若き神宮寺三郎が、祖父から貰い受けたタバコに火をつけた瞬間、頭が明晰になる、事件が一挙に解決する、その最初の瞬間ではなかったのか。
THE VERDICT(判定)
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360度ビューの会話劇(序盤のみ)
イラストレーション
美麗な背景
シナリオの演出・描写不足
読むのを遮ってくるボイスの仕様
周回を要するシステム