今週も冒険者の一団が馬車で村にやってきた。皆が名声そしてカネを手にできると意欲盛んだ。誰ひとり、降りかかる運命に備えた者はいない。そんな野心に燃える人々をさけて、うらぶれた冒険者が村から離れていく。その目はうつろで足取りはおぼつかない。一体、何があったというのだろうか。彼が受けた「仕打ち」を通じ『ダーケストダンジョン』の恐ろしさを伝えるとしよう。
冒険者4人は迷宮の深部へ進んでいく。持ち込んだ食料は底をつき、飢えと渇きで足取りは重い。手にするたいまつも風前の灯だ。かの声は邪教徒の呪詛か、それとも仲間の怨嗟か。闇が心をむしばみつつある。そしてひとりが失血死を迎えた。包帯が1本残っていれば、あれを救えたかもしれないのだが。
放蕩の領主が地下迷宮「ダーケストダンジョン」を掘りあて、その最深部で何かを解き放ってしまった。
抱えた財宝はまぶしいが体を癒やす道具ではない。今なら間に合う。任務を放棄し村へ逃げ帰ろう。しかし決断がわずかに遅れてしまった。誰かが衝動めいた好奇心、またはあらがい難い欲望で“あれ”を…… ああ、奴らが、ヤツらが!
その後、彼ひとりだけが生還した。目にしたものは何だったのか。深淵の恐怖エルドリッチか。それとも人知を越えたコズミック・ホラーか。この地にはよくないうわさがある。放蕩の領主が地下迷宮「ダーケストダンジョン」を掘りあて、その最深部で何かを解き放ってしまったのだと。領主は訪れる破滅に耐えられず自ら命を絶った。ゆえにうわさの真相は分からない。
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心の芯がへし折れた彼への「仕打ち」はこれから始まる。病気や傷心の手当がないまま、この地のあるじ(本作のプレイヤー)に解雇された。狂気のふちで得た戦利品は、先輩冒険者の酒代に消えていく。これが彼の人生の価値なのか。おそらく今週やってきた冒険者も同じ目にあうのだろう。すべては『ダーケストダンジョン』制覇のために。
世界的人気作がついに日本上陸
世界中のゲーマーをトリコにした話題作『ダーケストダンジョン』が、ついに日本上陸だ。2018年8月9日に国内Switch/PS4/PS Vita版発売。あわせてPC版が日本語に対応した。
本作は10年代中期を代表するゲームのひとつである。2016年1月発売のPC版で、ゲーム誌だけでなく一般誌でも高評価を得た。IGN本家の2016年GotYノミネートをはじめ、受賞歴はあまたにわたる。また、現代ゲーム開発の成功例としてもなじみ深い。Kickstarterでスタートし、Steamアーリーアクセスで練磨を重ね、PC版から他機種に進出する行程は、10年代特有のものだ。中毒性の高いプレイフィールはすでにフォロワー作をいくつか生みだしている。
日本独自プロモーション。有名実況者を用い、海外ゲームへの興味が薄い国内ゲーマーへ販促した。批評の前に日本語版の周辺情報を述べる。コンシューマー版の価格設定は、DLC「The Crimson Court」とサウンドトラックを加えたPC版とほぼ同等である。ユーザインタフェースはマウス向けで、ゲームパッドでは冒険者やアイテムの管理が手間取った。Switch版ではタッチパネル対応で操作性が向上したと、IGN本家レビューで加筆している。
肝腎の日本語訳について。ステータスとセリフでわずかにアルファベットを残すが、ゲームを楽しむにあたり支障はない。訳文はローディング中に表示したヒント集の一部をのぞき、雰囲気に適した口調で統一してある。「Madness」にまつわる表現が日本市場向けにマイルドなものとなっている点は、直訳派でなければ気にならないだろう。
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しかし、文字表示関連でQA未通過のミスが目立つ。文字が枠からはみ出る。改行後の先頭に句読点がつく。などなど。どうやらQA担当者は名状し難い存在に耐えられず逃げだしてしまったようだ。本作はその恐怖に耐える重圧をテーマにおく。希望の灯が消えてなお勇気を燃やし立ち向かう英雄的選択の、ツケを払うゲームである。
蘇るダンジョンクロール伝説
『ダーケストダンジョン』は新機軸のゲームではない。むしろ古典にならったものといえる。ゲーム展開はダンジョンと村をひたすら往復し、冒険者を育成する“ダンジョンクロール”だ。幾人も迷宮の住人にしてきた代表作『Wizardry』を筆頭とする、かつての人気ジャンルである。あの興奮を今一度楽しめると請け負おう。
あの興奮とは? それは「ハックアンドスラッシュ」(以下ハクスラ)だ。キャラクターの強さを引き出すよう工夫(ハック)し強敵を打ち倒す(スラッシュ)、濃厚な攻略体験である。体験の肝は、全力で工夫したくなる強敵の存在にかかっている。もちろん本作では強大な―― 畏怖のあまり直視できないほどおぞましい存在が死闘を約束する。
存在についてはトレーラーとスクリーンショットで察しのとおりだ。先にアートワークを紹介しよう。陰惨で業が深いゴシック・ホラーの世界。これを黒と赤を基調にしたハイコントラストのコミックタッチで描いた。闇と鮮血がいたるところにあり、冒険者たちをさいなむ苦痛にふさわしい絵をつくる。戦闘時の演出は、止め絵をインパクトある効果音とシェイクで印象付け、静動のコントラストを際立たせている。
映像体験で高まる期待に応えた敵たちは、愛されることこそ決してないが本作の顔役である。残虐な盗賊や動く死体、邪教徒はマシな分類だ。キノコに寄生された人間や、ツギハギしたブタの肉塊もまだ向き合える。それでは、エルドリッチ(クトゥルフ神話モンスター)をモチーフとした異形に襲われたならば? 人知を越えた恐怖におびえながらダンジョンを歩むことになろう。本作最大の敵はその恐怖だ。
不運のリデザイン
チュートリアルにならいダンジョンパートから紹介する。マップはランダム生成され、毎回、未踏の地を探索する。そこでは前章で紹介したモンスターとの戦闘、そして通路に仕掛けられた卑劣なワナが待ち構えている。冒険者にかかる心的負担は多大なものだ。その心的負担を「ストレス」として表示したのが本作の核となる。
有り体にいえば、ダメージタイプがHPとストレスの2種類ある。HPは減る値で、ゼロになると生死をかけたデスドア判定が発生する。生存確率はかなり高く、命を削る演出もあいまり、戦闘に生き残れたときのカタルシスが快い。それに対しストレスは増える値で、100に達すると精神崩壊判定が発生する。助かる確率はとても低い。精神崩壊した冒険者はバッドステータスになり、プレイヤーの操作を拒絶し、自傷や仲間への罵倒など迷惑をまきちらす。連鎖的にパーティの心は壊れ、戦力を維持できず、なすすべなく死に絶える。
ストレスはHPよりも回復しづらく、ダンジョン内で精神崩壊を回復する手段はない。ストレスは対処が難しいのだ。そして発生機会は数多い。戦利品を探す不審物の調査、空腹、ガレキをどける重作業、さらにはダンジョンを歩くだけでもストレスを感じる。それらの発生はランダムで予測できないが、プレイヤーの操作を起因とすることだけは確実だ。積み重なる不運はストレスとして蓄積され、真綿で首を絞めあげるかのように、じわじわと追い詰める。
ダンジョン内でのストレスは「不運の量」と言い換えてよい。これが戦闘を手に汗握るものとした。
ダンジョン内でのストレスは「不運の量」と言い換えてよい。これが戦闘を手に汗握るものとした。ルールはターン制で、冒険者パーティ4人が列を組み、最大4体の敵と立ち向かう。大体のザコ戦で前列はHPダメージが高く、後列はストレスダメージが高い。被害量を見積もりながら戦おう。敵ヘルスや命中率などは可視化してある。立てた算段どおりに物事が進む愉悦は、不運にも目論見が外れた焦りの裏返しだ。状況によっては、体の健康を損ねてでも心の健康を守らねばならない。
不運をストレスとして可視化・蓄積したことで、悩ましい選択が連続するスリルを生みだした。戦闘からの撤退、そしてダンジョンからの退却はいつでも可能だ。冒険者は挫折し強いストレスを負うが、命や戦利品を失うよりはよい。だがあと一戦耐えれば、あと一部屋探索すれば、目標達成できるかもしれない―― その選択は知勇か、蛮勇か。浅はかな期待はスリルに見合うロマンとなり、プレイヤーをダンジョンに誘い続ける。
ダンジョン、病院、そしてはしご酒
村パートではダンジョン挑戦の準備を進める。ゲームの目的は最終攻略エリア「ダーケストダンジョン」の完全制覇だ。ダンジョンはレベルがあり、未熟な冒険者は足を踏み入れるだけでもストレスでくじける。ダーケストダンジョンのレベル6(最高)まで冒険者を育成するのが当面の目標になる。
冒険者のレベルは意志の強さを示したものだ。しかし邪悪な者共は力でねじ伏せねばならない。HP・回避率・命中率といった戦闘面の強化は、村で武具を更新し、スキルを学んで初めて得る。困ったことに、さびれた村ではそれらを取り扱っていない。
ダーケストダンジョンへの挑戦は、冒険者一団の経営ゲームだ。
だから村を立派にしよう。胸像や絵画で威光を飾り立て、紋章や証書で財政を立て直すのだ。村の改善に用いるこれらの財宝は、ダンジョンの任務報酬や道中の戦利品で入手する。村の強化は冒険者全員の強化につながり、効率良くダンジョンを制覇できるようになる。ダーケストダンジョンへの挑戦は、冒険者一団の経営ゲームだ。
この経営ゲームで支払うコストは、スバリ冒険者たちの正気である。HPは自動で全快するがストレスは回復しない。酒場や教会に放り込み、傷心を癒やす安らぎを与えよう。また、病気や奇癖といったバッドステータスも病院での治療を要する。それらには村の1ターン(ゲーム表記で1週間)以上を要し、戻ってくるまでダンジョン挑戦に参加できない。彼らを今後も使い続けるというなら、完治するまで手厚く施そう。
察しのとおり。使い物にならない冒険者を解雇し、フレッシュな冒険者を雇用すれば、治療コストを無視した収益を得られる。悪魔的経営テクニックを助長するのが冒険者の雇用枠だ。初期状態で12枠あり、村を改善すればさらに増える。また、毎週次々とやってくる冒険者は無料で雇用・解雇できる(戦利品をプレイヤーと折半する完全歩合制のようだ)。冒険者のスキルはフレキシブルに変更でき、隊列に応じたカスタマイズが可能だ。人手不足に悩まされることはないだろう。
ダンジョンに求めるものの優先度が取捨選択を濃厚なものにする。村を改善する財宝か、冒険者の福利厚生に用いる金銭か。安全に冒険者の経験値を稼ぐのもよい。レアアイテム報酬がある危険なダンジョンに挑むのもアリだ。経営ゲーム要素を加えた育成が、ダンジョン挑戦の目的やパーティの多様性となり、豊かなリプレアビリティをもたらしている。
勇気もまた狂気の一面である
ダンジョンクロールの欠点は、ダンジョンと村で繰り返す作業感だ。『ダーケストダンジョン』はコアコンセプトである「ストレス」をもってそれを打開した。不運をリデザインしたダンジョン。経営ゲーム要素が強い村。これらユニークな各パートを明快に結びつけている。どのシーンもターン制ゆえ、結果はすべてプレイヤーの操作が起因だ。悩ましい選択を突きつけられる、痛みある喜びにもだえよう。
その選択を印象付けるのが、ゲームメカニクスに合致したナレーションである。皮肉や揶揄、無為感に満ちた合いの手で、プレイヤーの魂胆を的確に射貫いた。怪物と戦うために冒険者を使い潰す非情を見越しているのだ。冒険者を解雇するときのナレーションは犠牲者の怨嗟をあざ笑うかのようで、正気のプレイヤーには深く突き刺さる。
冒険者を解雇するときのナレーションは犠牲者の怨嗟をあざ笑うかのようで、正気のプレイヤーには深く突き刺さる。
本作の物語はここから始まる。冒険者の日誌でつづられた痛ましい結末。ボスダンジョンの口上で明らかとなる人間の欲深さ。雰囲気を引き立てるそれらは、プレイヤーにとって別の意味を含んでいる。非業が間近に迫り、精神崩壊の悲鳴を上げる冒険者たち。彼らをそこまで追い込んだ目的は何だったのか。ゲーム終盤の背筋が寒くなるサプライズ演出は、プレイヤーの変容を自覚させる最後の仕上げだ。
上記と別にもうひとつの物語軸がある。それは冒険者の育成だ。ダンジョンの報酬や戦利品で得る装着品「トリンケット」は、レアリティに応じて冒険者を強化する。またダンジョンの道中やクリア時に得る奇癖は、冒険者を永続強化するものも多い。幸運をもって戦力強化するトレジャーハントを繰り返し、最強パーティを厳選する喜びは、プレイヤー自身の物語となる。
冒険者を塵芥になるまですり潰すプレイング。トレジャーハントを繰り返す厳選行程。ここに2本の物語軸があり、冒険者への感情移入にゆらぎを生みだした。耐え難い喪失に終わるときは非情がプレイヤーの心を守ってくれる。偉大な制覇を収めたときは鍛錬が達成感を引き立てる。本作の懲罰めいた難度は物語体験で肯定され、さらなる試練へ挑む力となる。
神話の時代から人は試練と克服を経て英雄となり、物語になった。試練と克服を核とするハクスラは、それ自体が豊かなフレーバーを含む物語だ。『ダーケストダンジョン』はナレーションから始まる物語体験の仕掛けをもって、ハクスラ英雄譚を見事に歌いあげた。恐怖をあおる映像体験。ストレスを可視化したプレイ体験。それらと完璧に調和し、立ち向かう勇気を与えてくれる。だが心せよ。限界を超えた先で自問せねばならない。その英雄的決断は知勇か、それとも蛮勇か。
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プレイヤーの命運を暗示するアートワーク
緊張とカタルシスに満ちた戦闘
ユニークなキャラクター育成
プレイヤーの心を射貫くナレーション
ゲームの全容を貫くテーマ
偉業にふさわしい難度
ゲームパッド操作に最適化していないコンシューマー版UI
わずかにある日本語化の不備