「ベイビー・ドライバー」のオープニングはこの作品で最高のシーンだ。ドライバーのヘッドフォンから鳴り響く音楽と、銀行強盗、カーチェース、そして銃撃戦が完璧にシンクロする。このエドガー・ライトならではのスタイルは、実に観ていて楽しいものだ。そして音楽に盛り上げられながら、鮮烈なアクションシーンはその後も続いていく。

 

本作がインスピレーションを受けた90年代のアクション映画(ライト監督が“三位一体”と呼ぶ「ハートブルー」、「レザボア・ドッグズ」、「ヒート」)との違いは、耳鳴りの症状を抑えるために主人公のベイビーがiPodの音楽を流しっぱなしにしていて、映画の全てがその音楽のビートにノッているところにある。また、音楽をベースにした本作では力強いシーンに限らず、終始スタイリッシュな演出が輝いている。迫力満点のカーチェースから、ベイビーが仲間にコーヒーを運ぶちょっとした場面まで、この映画の全てがスリルに満ちあふれていて、一刻たりとも目が離せない。通常なら単なるBGMに過ぎない音楽を最大限に活用するライト監督の方針により、映画の最初から最後まで、心地良い緊張感が保たれているのだ。

ベイビー・ドライバー
「ベイビー・ドライバー」のアンゼル・エルゴート、ジェイミー・フォックス、エイザ・ゴンザレス、ジョン・ハム

「ベイビー・ドライバー」のストーリーは単純明快な強盗ものだ。天才的な若いドライバーであるベイビー(アンゼル・エルゴート)はギャングのボスへの借金返済がもうすぐ終わり、自分が望んでいる、犯罪から足を洗った生活が現実のものになろうとしている。そしてそんな理想の生活を実現させてくれそうな若いウエイトレスに出会い、恋が始まる。ベイビーは最後に、もう一度だけ「仕事」を引き受けざるを得ないが、観客の想像通り、あっという間に制御不能な事態になってしまう。

平凡とも言えるストーリーラインを持つ本作を特別な映画にしているのは、ライト監督がそこに吹き込んだ様々な“詳細”だ。その中でも、特にベイビーと里親の家族との関係が重要で、そのおかげで物語に大きな温かみが加えられ、観客の共感を呼ぶものとなっている。また、エルゴートはダンスとミュージカルのプロでもあるので、映画全編を通してベイビーの動きに流れるような美しさがあり、クラシック映画の大スターが持つような魅力と、現代的なロックスターにも似た自信を見せている。音楽もクイーンやブラーから、ヤングMC、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンまで、それ自体に絶大な魅力があり、カルト的な人気を獲得しても不思議ではない。

ベイビー・ドライバー
「ベイビー・ドライバー」のアンゼル・エルゴートとリリー・ジェームズ

ただ少し残念なのは、エンディングに近付くにつれ、映画のストーリーは少しずつ軌道を外れていってしまうことだ。輝いている他の要素と比べて、「ベイビー・ドライバー」のメインストーリーは上手く機能しておらず、スタイリッシュさに欠ける。観客は、ベイビーの流麗な動きに見とれる一方、ベイビーという人物そのものに同等の注目を払うだけの理由を最後まで得られない。また、この手の映画は、フィナーレにお約束の「みんな撃っちまえ」的なシーンが入ると、本来あるべき重みが失われてしまうのだ。