「Sandalphon(邦題:サンダルフォン)」は、キリスト教典のひとつである「ヨハネの黙示録」に登場する天使サンダルフォンを操作し、まだ生まれる前の赤子を天から地上へと導く、シューティングゲームめいた作品である。対応プラットフォームはPC(Steam)。本作の特徴は、えんえんと続く縦長のマップを埋め尽くすグラフィックのほとんどが、長身の天使サンダルフォンの体躯であるという点だ。
いくつかのキリスト教典において、この天使の身長は、「歩いて五百年かかる」くらいだとされている。プレイヤーが操作するのはこの異形の天使サンダルフォンの意志であり、オーラのようなものであって、実際のプレイ画面でプレイヤーが操作するユニットは、サンダルフォンというよりも、光の膜に包まれた赤ん坊のように見える。
多くのキリスト教的イメージを含んでいるにもかかわらず、説教めいたテキストはあまり現れない。ゲーム開始時に一行だけ表示される、「I must bring this child down to Earth safely, on behalf of my Lord.(私は主の御名のもと、この子を地上に導かねばならない)」という、おそらくはサンダルフォンの独白である文章のほかには、解釈の手がかりとなるようなヒントもほとんどない。本稿の冒頭に挙げた文章にしても、過分に筆者の推測が含まれている。
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このようなことをレビュー中に明示することはほとんどないのだが、本作に限ってはとくに重要だと思われるので、先に明かしておくことにしよう。本稿の執筆は、開発元であるGuggenheim Entertainment(以下、GE)から、IGN JAPANに送付されたキーを用いて入手した製品のコピーをもとに行われた。このデベロッパーは、ペンシルバニアの美術品蒐集家であるソロモン・R・グッゲンハイムの資産をもとに設立された家庭的なブランドで、数年に一本のペースで作品を世に送り出している。内容はさまざまなジャンルを横断するタイプのものが多く、いずれも評価は高い。
IGN JAPANとGEの仔細なやりとりを明かすことはできないが、GEの担当者はレビュー掲載を依頼するにあたり、ほかでもない筆者の名前を指定した。筆者にとっては青天の霹靂だったが、より驚いたのは、担当者から送られてきた、提案とも脅迫ともつかない私自身への私信であった。
「罪のないプレイヤーだけが本作のおもしろさを理解できますが、あなたに罪があるかどうかはプレイしてみるまで分かりません。これは聖的なリトマス試験紙のようなものであって、実験作であり、そのために、世界各国の確かな目利きにのみコピーをお渡ししています。神の祝福があなたにあらんことを。」
この私信の冒頭、「罪のないプレイヤーだけが本作の面白さを理解できる」という部分は、Steamのストアページにおける紹介文にも採用されている。ゲームの側がプレイヤーを峻別するという、なかばお門違いな文言のためか、あるいはその奇妙なゲーム性のためか、Steamユーザーによるレビューの総計は「賛否両論」となっている。
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作品の解説に戻ろう。音楽は一昔前に流行ったメタヴァース・シンスポップにゴスペルを絡めたテイストで、疾走感のあるシューティングパートのゲーム性、そして聖的なフィクション性とよく合致している。おそらく古典的な種々の悪魔――ベルゼバブ、アスモデウス、アスタロト、リヴァイアサンなど――のイメージを参考にしたと思われるボスファイトは、弾幕をこまかく避けるというよりも、ボスの動きによく注意してしかるべき回避機動を取るようなスタイルで、うまい具合にアクションゲーム寄りになっている。
ゲーム中盤からサンダルフォンの体躯のそばにもうひとつの巨大なオブジェクトが現れるが、それはあきらかにバベルの塔を模している。ここから、蝙蝠の羽根を生やした人間のような敵(インクバスあるいはサキュバス)が現れるにつれて、ゲームの難易度はどんどん上がっていく。面白いのは、あるパートではプレイヤーに完全に弾を避けることに専念させ、ほかのパートでは撃墜に専念させるといった、局面ごとのゲーム性の細かな変更だ。ステージごとの区切りがなく、シームレスに続いているので、気が付けばかなり長い時間、光に包まれた赤ん坊を動かし続けることになる。
なぜ「賛否両論」か
※ここからは『サンダルフォン』に関する完全なネタバレを含む。
本作の展開が大きな変化を見せるのは、光に包まれた赤ん坊が地上に達する瞬間である。画面下部に表示されていたサンダルフォンの体躯は消失し、画面上部に表示されていたバベルの塔が倒壊をはじめる。瓦礫の崩落ののちに画面が暗転して、つぎのようなテキストが大写しになる。
「For now we see only a reflection as in a mirror; then we shall see face to face. Now I know in part; then I shall know fully, even as I am fully known.(いまわれわれは鏡像を見るがごとく見るが、やがて顔をあわせて見るだろう。いま私は部分のみを知るが、やがてすべてを見、すべてを知るだろう。)」
暗転していた画面が表示されると、もういちどシューティングパートが始まるのだが、ここではすべてが逆さまになっている。それまでプレイヤーが操作していたのは赤ん坊だったが、こんどは老人になる。サンダルフォンの足元から上空に向かって進んでいくのだが、サンダルフォンは毛むくじゃらの大男に変化している。そして体躯にひそんでいるのは、のっぺらぼうの顔をし、法衣をまとった天使たちである。
つまり、ここからは聖性と悪魔性が混濁しはじめる。音楽の変化も、この表現を強めるかのようだ。神々しいパイプオルガンと聖歌に、悪魔的なものが感じられるドラミングが組み合わされる。この混迷は老人が上昇を続けるにつれてさらに強まり、ルシファーはもちろん、魔導書「ソロモンの鍵」、「黒い雌鶏」などから引用されたと思われる冥界の軍勢(バエル、アガレス、ウァサゴなど)や、東方世界の悪魔まで登場する。
さらには、このあたりからシステムの混乱が見られ、それまでプレイヤーが会得してきた攻略技術がほとんど役に立たなくなる。どういうことか――たとえば、入力系統の左右が逆転し、右を押せば左に動くようになる。攻撃を完全に吸収してしまう敵などが現れ、しつこく老人を追いまわす。このあたりはまだまだ序の口で、そのうちにほとんど見ていられないほど激しい動きで画面が揺れはじめたり、画面全体が白黒に明滅したりする。
この混乱は高度が上がるにつれてだんだんと度合いを増してゆき、音楽もノイズが占める割合が増え、最終的には再生器機を破壊するのではないかと思われるような雑音となる。終盤になると、あまり詳細には明かせないが、非常に残酷なイメージや、ジャンプスケアなどがふんだんに使用される。
このストレスフルな体験をなんとか耐え抜いて、サタンであることがほぼ明らかになっている巨人の体躯の顔のところまでたどり着くと、カメラが移動してその顔が大写しになる。それは法衣をまとった天使たちのようにのっぺらぼうなのだが、驚くべきことに――おそらく筆者のコンピュータのカメラを利用したのだろう――だんだんと浮かび挙がってくる顔は、筆者には見慣れているが他の者にはそうではない顔、つまりプレイヤー自身のものである。すべての音楽、背景、オブジェクトが消え、一抹の静寂とともに自分自身の顔を十数秒ほど眺めたのち、ゲームは強制終了する。
疑問
これは評価というよりも単純な感想なのだが、そもそもこの作品がSteamの厳しい審査をパスし、ストアページに掲載されて購入できる状態になっていること自体が異様だ。本稿で仔細には明かさなかったが、まともに直視できないほど残酷なイメージなど、作品の精神性にまつわる問題は、対象年齢のレーティングが22歳以上とされていることからクリアできているとは思う。ただ、画面揺れによる酔いや激しい明滅などは、あきらかにプレイヤーの身体に害を及ぼすものだ。実際のところ、筆者はプレイの最中には何度もヘッドフォンを外し、画面から半ば目を逸らしつつプレイした。やけに静かになったなと思って画面を見ると、そこに自分の顔が浮かんでいた衝撃といったらなかった。心臓が弱ければ危なかっただろう。
おそらく本作はなんらかの(おそらくは違法な)手段を用いて大手ディストリビューターの審査をバイパスし、ストアに掲載されたものと思われる。こういった作品に評価をつけるのは非常に難しいが、ゲームシステムそのものはかなりしっかりしていて遊べるし、完成度は高い。ただ筆者は、先述したような理由から、このゲームは一般に公表されるべきではない、と結論づけざるを得ない。それでも興味がある方は、本稿に記されていることを念頭に置いてプレイしてみてほしい。
2047年4月12日の追記
Guggenheim Entertainmentから、おそらくはすべてのゲームレビューサイトに一斉送信されたと思われる文書が届いた。内容は、この作品が公表された経緯を語る、なんとも奇妙なものだった。同文書によれば、同社に勤めていたひとりの従業員が、社が保有しているアセットを無断利用して本作を製作し、GEの名を用いて販売したという。この従業員はすでに解雇されており、事実確認の後、デベロッパーが位置するカリフォルニアの州法に従って裁判が行われるとのことだ。その堅牢さで知られるSteamのストアページにどのようにして侵入したかといったことは、事情聴取を行っている州警察からの発表を待つほかないだろう。
編集部追記
以上は藤田氏から送られたレビュー原稿を編集部が一部手を加えて掲載したものである。不思議なことに本作品の情報は氏が書いたもの以外には全く見つからず、レビュー原稿のファイルも2047年となっている。
なお、本日、KADOKAWAより「ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム」が発売された。100年後の未来を舞台に、世が低評価の烙印を押したゲームを架空の歴史を参照しながらレビューしていくという一風変わったSF小説だ。
奇しくも藤田氏の本レビューの構想とも似通っており、本日掲載することにした。